2016年04月14日

批判されるとアドレナリンが・・・「あさイチ」で気づいたこと その2

以前から認知症と発達障害のケアには共通点が多いと感じていましたが、今回特集されていた「ユマニチュード」については機会があれば触れたいと思います。

実際、これを実施することで、一昨日母とのコミュニケーションが大きく改善されました。

かなり即効性があります。

今回は「言葉を選ぶ重要性」を実感したことを書きたいと思います。

これは多くの方が取り上げておられるし、本にもよく書かれていますが、「マイナスイメージ」の言葉は脳にダメージを与えるということに今回改めて気づかされました。

母は認知症の進行に伴い、もともとあった「被害妄想的な傾向」がますます強まってきました。

もともとあった、というのは若いころから脳には問題があったのだと思っています。

認知症を発症する何十年前から、パート先でもよく「のけ者にされている」とか「ねたまれていじめられている」という話を私たちに訴えていましたし、実際、ご近所の方もあちらはおそらく何も意識していないのに、勝手に競争心を燃やして玄関先をきれいにしたり、出かけるときには服装をやたら気にしたり・・・

老人ホームでもそのような訴えが出始めたので、私もまたかと呆れるのと同時に「ここを出ると母の『レビー小体型認知症』を理解してくれる医師が往診してくれるようなホームなんて他にない」という焦りもあり、母の妄想を必死になって否定し続けていました。

時には母の考え方に対する批判すら口にしてしまいました。

「世の中の人って、そんな悪い人ばっかりじゃないよ。

ホームの人たちも本気でお母さんのこと心配して、何かできれば心から喜んでくださってるよ。

物が自分の思ってた場所にないなんて、ちゃんとどけて掃除してくださってるからでしょ。

そんなこと言ってると、お母さんの部屋、掃除もしてもらえなくなるよ。

人を疑ったり、悪い感情を抱くだけで脳から悪い物質が出て、いくらお薬やサプリを飲んでも、そんな効き目なんて一瞬でなくなってしまうんだよ」

それを母が横たわっているベッドわきで立ちながら、高い位置から言ってるんですから、ユマニチュード的にも、脳科学的にも「最悪」です。

まず、こうやって文字にしてみると、私は「この施設はとてもいいところ」「母によくなってほしいから、考え方を改善してほしい」という思いとは裏腹に「マイナスイメージの言葉」をやたらと用いています。

「悪い人ばかりじゃない」には「悪い」という語があり、脳はこちらをイメージ化して反応してしまうんだそうです。

ですから「悪い人ばかりじゃない」⇒「良い人がいっぱいいる」と言い換えるといいんですよね。
「心配して」⇒「大切に考えて」

「物が自分の思ってた場所にないなんて」(相手の言葉を引用し、その後に「なんて」〜をつける)=非難

そんなこと言ってると、お母さんの部屋、掃除もしてもらえなくなるよ

でた〜、これが私の究極のパターンです。これを子育ての場面でどれだけ使ってしまったことか。

「こんなに提出物忘れてると、誰からも信用してもらえなくなるよ」

「そんな表情してると、おもしろくなさそうだなと思ってると勘違いされるよ」

「スタートが遅いと、みんなに追いつけないよ」



母への言葉の中には、他にも「疑う」「悪い感情」「悪い物質」「効き目が一瞬でなくなる」なんて、マイナスイメージの言葉のオンパレード!

我ながら、ひどいものです。

励ましているつもりが、どんどん状態を悪くしている、その原因が自分の言葉だったなんて!

あさイチでは自分を非難したり否定する言葉をぶつけられると、アドレナリンが出て、交感神経が優位の状態になるのだと言っていました。

母は交感神経が常に優位で、不穏や心気症的な痛みの訴えもそこから来ているといわれます。

怖いことには、その言葉を発している本人の脳にも悪い影響を与えるのだそうです。

毎回、自分ではいいことをしているような気になって母のところに行って、母と自分自身の両方の脳に悪影響を与えていたとは・・・。

おまけに家に帰ってからも夫に愚痴ってました。そこでまた夫と私の脳に・・・。

言葉って昔から「言霊(ことだま)」という思想がありましたが、思っている以上に影響があるものですね。

次の記事では早速これを意識して接し方を変えてみたところ、母の状態が大きく変わったことを書きたいと思います。

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posted by みずき at 11:38| Comment(0) | 脳にイイコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

批判されるとアドレナリンが・・・「あさイチ」で気づいたこと その1

最近、母の認知症(レビー小体型)が進んできて、認知面でも問題が出てきました。

進行性の病ですから、当然のことと受け入れなければならないのですが、親が昔の姿からかけ離れていくさまを目の当たりにするのは、やはり辛いものです。

私はADD傾向のなせるわざか、ストレス耐性が低く、それも年々ひどくなっています。

在宅で介護をしていらっしゃる方とは比べ物にならないくらい負担は軽いはずなのに、周期的に気持ちが沈み込んでどうしようもなくなります。

父は寝たきりで糖尿病・前立腺肥大の悪化・痰の吸引があるが、母の訪問を楽しみにしているため、母の病気を診てくれる「特別な有料老人ホーム」の近くの療養型病棟に入院中で、洗濯物の入れ替えや入院費の支払い、看護師や医師との面談、次の施設や病院についての相談(一か所には最大6カ月しか居られないため)で毎回バタバタします。

私の家からは車でも片道1時間半近くかかり、一度でかければ当然一日かかりっきりになります。

父はもう言葉を発することもできないのですが、いろいろ話しかけるとちゃんと理解はできているようで、時には涙を流したり、「あ〜、あ〜」と話したそうに声を出します。ラジオなども聞きたがります。

動かなくなった全身をくまなくマッサージしたりすると、少し気持ちよさそうなので、ほっとします。

父は今のところ「不穏」はなく、終始穏やかなので助かっています。

でも、帰る時にはいつも車で涙がこぼれてしまいます。

母は一時期施設の皆さんの対応が良いせいか、かなり落ち着き、ヒステリックな痛みの訴え(心気症)もおさまっていたのですが、最近「妄想」がひどく、それらが主に私たち娘のこと中心になっています。

昔から「子離れ」できず、結婚してからもとにかくなんだかんだと口出しの多かった母でした。

もちろん、私も妹もそれに甘えていた部分もありました。

人生の終わりに差し掛かっても、私や妹が詐欺に引っかかった夢、病気にかかった夢、母の沿わない相手と結婚する夢などなど、毎回行くたびに自分の見た夢を現実と思い込んで、そのことを一気にまくしたてたり、何度「心配ないから」と説明してもまた同じ話にイチから戻ったりと・・・

「親のありがたさ」なのかもしれませんが、母は「こういう状況になっても娘のことが心配な自分」に酔っているような面もあり、素直に感謝できない自分にも疲れます。

そこに加えて、最近は「物(お金や書類の入った封筒など。実際はそのようなものは持ち込んでいない)がなくなった」「物(洗面所の石鹸やはぶらし)の場所が勝手に変えられている」「物の場所が変わって困っている私をからかっている」などの被害妄想も出てきて、よくしてくださっている施設の方々にも申し訳ないやら・・・

最近、孫に会いたがる母に長男と次男を別々に連れていきました。(愛犬が悪性腫瘍摘出手術後で目が離せなかったので。これが最近では最大のショックでした)

今の母を彼らに見せることがどうかと迷いましたが、父も母も喜んでくれました。

二人とも帰りの車の中で「お母さん、大変やなあ」としみじみ言ってくれました。

いつも二人のところから帰ると、夕食の支度もそこそこにソファーで寝落ちしてしまう私のことを少しは理解してくれたようです。

でも、こんな私の訪問のしかたこそが、母たちには悪影響を及ぼしていたんじゃないかと今日の「あさイチ」を見て気づきました。

長くなるので続きは次の記事で・・・

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posted by みずき at 10:48| Comment(0) | 脳にイイコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

のび太、もうすぐ大学2回生に

相変わらずの部分も多々ありますが、のび太、頑張っています。

研究の面では大学で認めていただき、もったいないような評価もいただきました。

何度かわりとたくさんの方々の前で発表の機会もいただき、プレゼンなどもうまくできたようです。

大学の成績はものすごくいいとは言えませんが、よく頑張っていると思います。

そう伝えたら「え?そう?こんなので?」と驚いていました。

大学の雰囲気がのび太に合っていたこと、早くから専門性の高い授業内容だったこと。大学のフォロー体制がしっかりしていること(時間割の選択などに関すること)が良かったのかもしれませんね。

評価が得られたことが自信につながり、今までできなかったことも随分できるようになりました。

2回生からは1回生の指導という形でちょっとしたアルバイトのようなこともさせていただけるみたいです。

相変わらずの点は、やっぱり「家が大好き」でほとんど出かけないこと。

必要や呼び出し、お誘いがあれば出かけていきますが、世の「大学生らしく」車の免許を取りに行ったり、友達と旅行に行ったり、遊びに行ったり、ということはほぼ皆無ですね。

母としては「もっと・・・」とついついないものねだりをしてしまいそうになりますが、私も本当は出不精で、友人から誘われたりしなければ、ずうっと家にいるタイプです。

大学時代は、無理やり誘われて入った混声合唱団(私は絵をかくのは好きだったけど、音楽系には全く興味ありませんでした!)の練習や行事、そこでの友達のお誘いに乗っかっているだけでした。

それがなければ、私の場合一人であちこちでかけていくことはありましたが、ほとんどは家にいたでしょう。

アルバイトだって、考えてみれば家庭教師しかしていませんでした。

そのまま教師になったのですから、社会性の乏しいことではのび太のことはいえないですね。

私の事業のほうも今年はもう少し広げていきたいです。のび太にも少し手伝ってもらうつもりでいます。

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posted by みずき at 22:55| Comment(0) | のび太の大学生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする