2016年06月29日

取り返しのつかない先送り

前回の記事の4日後の朝、母は亡くなりました。

前日の夜、二男のyouの中間考査が終わり、お弁当作りが始まるため、それまで1週間病院に泊まっていたのですが、一度家に戻り、たまった家事などをしてから来ても大丈夫かと看護師さんに訊いてみました。

「楽観視はできませんが、一応小康状態になりましたので、もう泊まらなくても大丈夫だと思いますよ。長丁場なので、家族さんの健康やご家庭のことも大切ですから、明日からはお見舞い時間に顔を出していただくだけで十分だと思います。」とのお言葉でした。

お言葉に甘えて久しぶりに布団で眠り、朝お弁当を作って家族を送り出したあと、車を飛ばして母のもとへ行ったのですが、明らかに昨日よりも「落ちている」感じがしました。

時折、呼吸困難になり、目を大きく見開いたり、下顎呼吸に近いような様子が見えます。

妹の負担を軽減するため、二人で交互に見舞うことにしていたのですが、妹にも急きょ来てもらうようにしました。

医師にも「明日までもたないかもしれない」と言われ、親せきや母の友人、病院の隣のお世話になった老人ホームのケアマネさんにも連絡を取りました。

結局、その夜は妹も私も母に寄り添い、好きな歌をタブレットで流しながら歌いました。

テレサ・テンやダ・カーポ、美空ひばりや石川さゆりの歌など、母の十八番を妹と二人で歌いました。

目は閉じたまま、酸素マスクをした母は、もちろん歌うことはできませんでしたが、私たちが歌うと様々な数値が少しましになりました。

母は家族への執着が非常に強く、それがかえって「家族が面会に来ると痛み発作が出る」ということにつながっていました。

「さっきまで調子よかったんだけどね」

自分が行くと調子が悪くなると言われるのですから、私も次第に母のところに行くのが苦痛になっていたのが正直なところでした。

行った時が調子のよい時間帯であれば尚更、調子が悪くならないようにとそそくさと「じゃあ、お父さんの病院に行ってくるよ」と理由をつけて引き上げていました。

母は私たち以外の職員さんや友人たちとは、CDをかけて一緒によく歌っていたようです。

先日、接し方を変えて母が最後まで機嫌よく過ごしてくれたその日、私は一緒に歌うために「唱歌ベスト」というCDをamazonで申し込みました。

これから、一緒に母と楽しい時間を過ごせるという確信が持てたからです。

でも、前回の記事通り、遅すぎました。

病院にはCDデッキを持ち込む暇もなく、結局このCDは母が亡くなった後、お世話になった施設にお譲りしました。

正直、父のほうは今でもいつ何があっても不思議でない状況です。

しかし、母はまだまだ「死」には遠いと思っていました。

亡くなる前日に家に戻ってしまったこと、仕方がないと思いつつも後悔しています。

まだまだ大丈夫だと思って伝えようと思っていたこと、やってあげようと思っていたことをずっと先送りにしていました。

「お母さん、ありがとう」
「お母さんは私たちの誇りだよ」
「苦労したね。がんばってきたね」
「お母さんの子供で良かったよ」
「産んでくれてありがとう」

意識の亡くなった母に、最期の呼吸が終わった後もずっと呼びかけ続けました。

母に届いたでしょうか。

今はまだまだ心の整理がつきません。

でも、亡くなる半日前くらいからは痛み発作はなく、何十年かぶりに熟睡しているように見えました。

顔中に刻まれた苦悩の皺もだんだん薄くなり、どんどん若返っていくようで、妹と驚きながら見ていました。

医学的にこのようなことがあるのでしょうか。

亡くなる1時間ほど前は皺がすっかりなくなり、すうすうと子供のような表情で眠っていました。

次第に呼吸の感覚が長くなり、止まったかと思うと私たちの呼びかけで戻り、を繰り返し、結局あくる朝の6時45分、完全に呼吸が止まりました。

文字通り、眠るような最期でした。

母への思いは複雑でした。

「私の母はジャイアンだったのかもしれない」



でもやはり喪失感は大きくあります。

私は小さいころ、母にあまりに執着しすぎて、母が死ぬことに異常におびえていた時期がありました。

夜中に起きだして、母が呼吸をしているか確認することが高校生くらいまで続いていました。

最期に見せてくれた昔の大好きだった頃の母にもう一度会えたこと、それこそが母が最後にくれた愛だったのだと思っています。

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posted by みずき at 10:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

もっと早く気づけばよかった

今、母の隣でこの記事を書いています。

前回の記事を書いた直後から、未だに原因不明なのですが母の高熱が続き、入院になりました。

入院前からほぼ意識がなくなり、会話は成り立たなくなりました。

5月の連休中に一旦退院し、病院の横の老人ホームに戻ったのですが、戻ってからも私の行った時間帯が運悪く意識のはっきりしない時で、やはり朦朧としていました。

半月もしないうちにまたも高熱が下がらず入院。前回は肺は綺麗だったのですが、今回は真っ白。

いろんな検査をしても原因がわかりません。

5日前から病院に泊まり込んでいます。

のび太もyouも私が教師をしていた頃、病気の時には面倒を見てもらっていました。

今から思うと大変だったと思います。

それがわかっているのか、二人とも驚くほど協力的に家事や犬の世話などやってくれています。

時々は「おばあちゃん、どう?」とメールもくれます。

最後に会話らしい会話ができたのが、前回書いた「批判せず、プラスイメージの言葉を使う」「内容が幻視などのことになったら、自然に話題を楽しい方に変える」を初めて本気で実践した時でした。

人の親のことなら冷静になれるはずが、自分の親になるとムキになって「間違いを理解させよう」と躍起になっていましたが、それを一切やめたら、本当に母が穏やかに、楽しそうにしてくれたのです。

痛み発作も起きず、私が父のところに行くために帰るその時まで、にこやかでいてくれました。

私自身もいつもなら帰りは疲労困憊で運転しているのに、疲れを全く感じず「次は何を話そうか」と楽しみになるほどでした。

「どうしてもっと早くからこうしなかったのか。これからこうやって楽しい時間を積み重ねていこう」と心から反省しました。

しかし、その日から2日ほどで話せなくなってしまったのです。

何度も死を意識する瞬間があります。
もっともっと、伝えたいことがある。
快復を祈りつつ、耳元で伝えたかったことを伝え続けています。

ただただ苦しげに唸っている母に届いてくれることを信じて。

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posted by みずき at 11:24| Comment(0) | 脳にイイコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

批判されるとアドレナリンが・・・「あさイチ」で気づいたこと その2

以前から認知症と発達障害のケアには共通点が多いと感じていましたが、今回特集されていた「ユマニチュード」については機会があれば触れたいと思います。

実際、これを実施することで、一昨日母とのコミュニケーションが大きく改善されました。

かなり即効性があります。

今回は「言葉を選ぶ重要性」を実感したことを書きたいと思います。

これは多くの方が取り上げておられるし、本にもよく書かれていますが、「マイナスイメージ」の言葉は脳にダメージを与えるということに今回改めて気づかされました。

母は認知症の進行に伴い、もともとあった「被害妄想的な傾向」がますます強まってきました。

もともとあった、というのは若いころから脳には問題があったのだと思っています。

認知症を発症する何十年前から、パート先でもよく「のけ者にされている」とか「ねたまれていじめられている」という話を私たちに訴えていましたし、実際、ご近所の方もあちらはおそらく何も意識していないのに、勝手に競争心を燃やして玄関先をきれいにしたり、出かけるときには服装をやたら気にしたり・・・

老人ホームでもそのような訴えが出始めたので、私もまたかと呆れるのと同時に「ここを出ると母の『レビー小体型認知症』を理解してくれる医師が往診してくれるようなホームなんて他にない」という焦りもあり、母の妄想を必死になって否定し続けていました。

時には母の考え方に対する批判すら口にしてしまいました。

「世の中の人って、そんな悪い人ばっかりじゃないよ。

ホームの人たちも本気でお母さんのこと心配して、何かできれば心から喜んでくださってるよ。

物が自分の思ってた場所にないなんて、ちゃんとどけて掃除してくださってるからでしょ。

そんなこと言ってると、お母さんの部屋、掃除もしてもらえなくなるよ。

人を疑ったり、悪い感情を抱くだけで脳から悪い物質が出て、いくらお薬やサプリを飲んでも、そんな効き目なんて一瞬でなくなってしまうんだよ」

それを母が横たわっているベッドわきで立ちながら、高い位置から言ってるんですから、ユマニチュード的にも、脳科学的にも「最悪」です。

まず、こうやって文字にしてみると、私は「この施設はとてもいいところ」「母によくなってほしいから、考え方を改善してほしい」という思いとは裏腹に「マイナスイメージの言葉」をやたらと用いています。

「悪い人ばかりじゃない」には「悪い」という語があり、脳はこちらをイメージ化して反応してしまうんだそうです。

ですから「悪い人ばかりじゃない」⇒「良い人がいっぱいいる」と言い換えるといいんですよね。
「心配して」⇒「大切に考えて」

「物が自分の思ってた場所にないなんて」(相手の言葉を引用し、その後に「なんて」〜をつける)=非難

そんなこと言ってると、お母さんの部屋、掃除もしてもらえなくなるよ

でた〜、これが私の究極のパターンです。これを子育ての場面でどれだけ使ってしまったことか。

「こんなに提出物忘れてると、誰からも信用してもらえなくなるよ」

「そんな表情してると、おもしろくなさそうだなと思ってると勘違いされるよ」

「スタートが遅いと、みんなに追いつけないよ」



母への言葉の中には、他にも「疑う」「悪い感情」「悪い物質」「効き目が一瞬でなくなる」なんて、マイナスイメージの言葉のオンパレード!

我ながら、ひどいものです。

励ましているつもりが、どんどん状態を悪くしている、その原因が自分の言葉だったなんて!

あさイチでは自分を非難したり否定する言葉をぶつけられると、アドレナリンが出て、交感神経が優位の状態になるのだと言っていました。

母は交感神経が常に優位で、不穏や心気症的な痛みの訴えもそこから来ているといわれます。

怖いことには、その言葉を発している本人の脳にも悪い影響を与えるのだそうです。

毎回、自分ではいいことをしているような気になって母のところに行って、母と自分自身の両方の脳に悪影響を与えていたとは・・・。

おまけに家に帰ってからも夫に愚痴ってました。そこでまた夫と私の脳に・・・。

言葉って昔から「言霊(ことだま)」という思想がありましたが、思っている以上に影響があるものですね。

次の記事では早速これを意識して接し方を変えてみたところ、母の状態が大きく変わったことを書きたいと思います。

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posted by みずき at 11:38| Comment(0) | 脳にイイコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする