2017年06月22日

それぞれの日々〜のび太の場合〜

のび太、大学3回生。

毎日大学に通っています。自動車教習所ものんびりですがなんとか進んでいるようです。
やはり先生も含めて周囲に自分と少し似たタイプの人が多いので、自分の特性をあまり「特別」「変わったもの」とは思わない環境で、気が楽みたいです。

3回生ですので、もうその後の進路も考えなくてはなりません。

一般企業での営業など、あまりイメージがわかないのび太です。

できれば収入が少なくても、本人の特性に合った仕事につければと思い、親としては大学院も視野に入れているのですが、のび太は就職を考えています。

なぜかと聞いてみると「自分はいろいろなことを並行してやることが記憶も弱くて難しい。実験や研究ではそういうことがとても重要なので、自分に向いているとは思えない」と。就職ももっとそういう側面あるけどね・・・。

夏からはインターンシップのような職場体験なども始まります。

その中で自分に合った道を探していけたらと思っています。

私もそうでしたが、大学あたりまではそれほどでなくても、仕事を始めて多くのことを同時に要求されたり、予想外のことがいきなり入ってきたり、自分の努力だけではどうにもならないことが出てきたときに、その特性からくる問題が噴出してきます。

今は穏やかな日々でも、いつまでも続くとは限りません。

社会に出るまでに目指しているのは

〇 自己肯定感を確立させる、ただただ、それだけです。

「自分はやればできる」という経験を積むこと。できれば一つでも数多く。

一度にいろんなことはうまくできないのび太です。

1,2回生ではまずは大学に慣れること。通学、諸手続き、授業、食堂利用、先生や友人との付き合い方を学びました。

3回生になった時、やっとそれらが自分なりにうまくできる自信がついたようで、自動車免許取得をしたいと言ってきました。(私からは一切言いません)

結局、大学でものび太はクラブやサークルには参加しませんでした。

実験などが7時過ぎまであり、家まで2時間ほどかかりますから、無理する必要はないと思っています。

大学で後輩の実験手伝いのバイトのみしています。

1回生から頻繁にある実験で、同じチームの人たちと役割分担したり、発表の練習をしたりの繰り返しで、コミュニケーション面はかなり鍛えられたようです。

解毒がうまくいかず、疲れやすい子たちです。

家ではとにかく休ませています。

たまには友人と遊びに出るようになりましたが、町の喧騒が苦手なようで(聴覚過敏?)「楽しかったけど、あの音だけは・・・疲れた」と言っています。

これからは少しずつ社会との接点を持っていくことになります。

今は家が安らげる場所になるように、ただただ、聞き役に回っています。

会話の中身は他愛のないこと。飼っている犬、ウーパールーパー、エビ、カエルの話など。


posted by みずき at 11:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月29日

取り返しのつかない先送り

前回の記事の4日後の朝、母は亡くなりました。

前日の夜、二男のyouの中間考査が終わり、お弁当作りが始まるため、それまで1週間病院に泊まっていたのですが、一度家に戻り、たまった家事などをしてから来ても大丈夫かと看護師さんに訊いてみました。

「楽観視はできませんが、一応小康状態になりましたので、もう泊まらなくても大丈夫だと思いますよ。長丁場なので、家族さんの健康やご家庭のことも大切ですから、明日からはお見舞い時間に顔を出していただくだけで十分だと思います。」とのお言葉でした。

お言葉に甘えて久しぶりに布団で眠り、朝お弁当を作って家族を送り出したあと、車を飛ばして母のもとへ行ったのですが、明らかに昨日よりも「落ちている」感じがしました。

時折、呼吸困難になり、目を大きく見開いたり、下顎呼吸に近いような様子が見えます。

妹の負担を軽減するため、二人で交互に見舞うことにしていたのですが、妹にも急きょ来てもらうようにしました。

医師にも「明日までもたないかもしれない」と言われ、親せきや母の友人、病院の隣のお世話になった老人ホームのケアマネさんにも連絡を取りました。

結局、その夜は妹も私も母に寄り添い、好きな歌をタブレットで流しながら歌いました。

テレサ・テンやダ・カーポ、美空ひばりや石川さゆりの歌など、母の十八番を妹と二人で歌いました。

目は閉じたまま、酸素マスクをした母は、もちろん歌うことはできませんでしたが、私たちが歌うと様々な数値が少しましになりました。

母は家族への執着が非常に強く、それがかえって「家族が面会に来ると痛み発作が出る」ということにつながっていました。

「さっきまで調子よかったんだけどね」

自分が行くと調子が悪くなると言われるのですから、私も次第に母のところに行くのが苦痛になっていたのが正直なところでした。

行った時が調子のよい時間帯であれば尚更、調子が悪くならないようにとそそくさと「じゃあ、お父さんの病院に行ってくるよ」と理由をつけて引き上げていました。

母は私たち以外の職員さんや友人たちとは、CDをかけて一緒によく歌っていたようです。

先日、接し方を変えて母が最後まで機嫌よく過ごしてくれたその日、私は一緒に歌うために「唱歌ベスト」というCDをamazonで申し込みました。

これから、一緒に母と楽しい時間を過ごせるという確信が持てたからです。

でも、前回の記事通り、遅すぎました。

病院にはCDデッキを持ち込む暇もなく、結局このCDは母が亡くなった後、お世話になった施設にお譲りしました。

正直、父のほうは今でもいつ何があっても不思議でない状況です。

しかし、母はまだまだ「死」には遠いと思っていました。

亡くなる前日に家に戻ってしまったこと、仕方がないと思いつつも後悔しています。

まだまだ大丈夫だと思って伝えようと思っていたこと、やってあげようと思っていたことをずっと先送りにしていました。

「お母さん、ありがとう」
「お母さんは私たちの誇りだよ」
「苦労したね。がんばってきたね」
「お母さんの子供で良かったよ」
「産んでくれてありがとう」

意識の亡くなった母に、最期の呼吸が終わった後もずっと呼びかけ続けました。

母に届いたでしょうか。

今はまだまだ心の整理がつきません。

でも、亡くなる半日前くらいからは痛み発作はなく、何十年かぶりに熟睡しているように見えました。

顔中に刻まれた苦悩の皺もだんだん薄くなり、どんどん若返っていくようで、妹と驚きながら見ていました。

医学的にこのようなことがあるのでしょうか。

亡くなる1時間ほど前は皺がすっかりなくなり、すうすうと子供のような表情で眠っていました。

次第に呼吸の感覚が長くなり、止まったかと思うと私たちの呼びかけで戻り、を繰り返し、結局あくる朝の6時45分、完全に呼吸が止まりました。

文字通り、眠るような最期でした。

母への思いは複雑でした。

「私の母はジャイアンだったのかもしれない」



でもやはり喪失感は大きくあります。

私は小さいころ、母にあまりに執着しすぎて、母が死ぬことに異常におびえていた時期がありました。

夜中に起きだして、母が呼吸をしているか確認することが高校生くらいまで続いていました。

最期に見せてくれた昔の大好きだった頃の母にもう一度会えたこと、それこそが母が最後にくれた愛だったのだと思っています。

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posted by みずき at 10:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

ご無沙汰しています

なかなか更新もできていない中ですが、アクセスが日々500くらいあるようで、ありがとうございます。

youの近況です。

今日が終業式でした。4月からは高3になります。早いものです。

この間、のび太とはまた違った形でいろいろなことが出てきました。

勉強面での低空飛行は以前からずっとですが、これに関しては週1回の中学時代からの個別塾任せで、私はノータッチです。youの場合、ストレス耐性が非常に低いのと、自分で「このままではいけない」とわかっていることもあり、SOSが発せられたときのみ対策を一緒に考えるスタンスをとっています。

ストレスをためやすいのは、おそらく腸の問題もあると思いますが、それ以上に自己評価の低さが関係しているように思えます。これは私の責任かと強く反省しています。

私はずっとのび太(長男)にはずっと「この子には何か発達上の問題がありそうだ」とうすうす感じていました。

しかし、夫似の二男youは大丈夫、と思い込んでいました。

ですから、ついついyouには様々なハードルを高くしていたのです。

当然、褒めることもほとんどなかったような気がします。

youの困っていること

便通異常(以前よりはましになったが、学校に行く前は便を出し切らないと行けない)

光に対する過敏症(学校の教室の蛍光灯がまぶしすぎるようです。PC画面なども私では見えないくらいまで暗くします)

極度の乗り物酔い(乗り物に乗らなくても、動画などでなる場合もあります)

全体的にやはり脳内伝達物質(セロトニンなど)の異常が感じられます。

youが今使っているのは

乳酸菌サプリ(ドクターズサプリ)

勉強などのやる気を出すときにフェルガード100M(顆粒タイプしか効かないとか)

ビタミンDとオメガ3のサプリ(ワカサプリ)

一応、心配していた修学旅行も楽しく行って来ることができました。便通や乗り物酔いがとても心配だったのですが。

留年しないギリギリくらいかと思ったら、成績も意外と良かったです。

2学期後半から3学期には、朝のトイレ通いで家を出る1時間半前から起きているにもかかわらず、間に合う時間に家を出ることができずに遅刻が7〜8回ありました。発熱による欠席も3日ほど。

担任の先生にもご理解いただき、本人は心強かったようです。

とりあえずは、春休み。

サプリに頼りすぎず、日ごろの食生活から立て直そうと、4月からとある勉強をしようと思っています。

またそこで得たことを記事にできたらと思います。

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posted by みずき at 17:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする