2016年04月11日

批判されるとアドレナリンが・・・「あさイチ」で気づいたこと その1

最近、母の認知症(レビー小体型)が進んできて、認知面でも問題が出てきました。

進行性の病ですから、当然のことと受け入れなければならないのですが、親が昔の姿からかけ離れていくさまを目の当たりにするのは、やはり辛いものです。

私はADD傾向のなせるわざか、ストレス耐性が低く、それも年々ひどくなっています。

在宅で介護をしていらっしゃる方とは比べ物にならないくらい負担は軽いはずなのに、周期的に気持ちが沈み込んでどうしようもなくなります。

父は寝たきりで糖尿病・前立腺肥大の悪化・痰の吸引があるが、母の訪問を楽しみにしているため、母の病気を診てくれる「特別な有料老人ホーム」の近くの療養型病棟に入院中で、洗濯物の入れ替えや入院費の支払い、看護師や医師との面談、次の施設や病院についての相談(一か所には最大6カ月しか居られないため)で毎回バタバタします。

私の家からは車でも片道1時間半近くかかり、一度でかければ当然一日かかりっきりになります。

父はもう言葉を発することもできないのですが、いろいろ話しかけるとちゃんと理解はできているようで、時には涙を流したり、「あ〜、あ〜」と話したそうに声を出します。ラジオなども聞きたがります。

動かなくなった全身をくまなくマッサージしたりすると、少し気持ちよさそうなので、ほっとします。

父は今のところ「不穏」はなく、終始穏やかなので助かっています。

でも、帰る時にはいつも車で涙がこぼれてしまいます。

母は一時期施設の皆さんの対応が良いせいか、かなり落ち着き、ヒステリックな痛みの訴え(心気症)もおさまっていたのですが、最近「妄想」がひどく、それらが主に私たち娘のこと中心になっています。

昔から「子離れ」できず、結婚してからもとにかくなんだかんだと口出しの多かった母でした。

もちろん、私も妹もそれに甘えていた部分もありました。

人生の終わりに差し掛かっても、私や妹が詐欺に引っかかった夢、病気にかかった夢、母の沿わない相手と結婚する夢などなど、毎回行くたびに自分の見た夢を現実と思い込んで、そのことを一気にまくしたてたり、何度「心配ないから」と説明してもまた同じ話にイチから戻ったりと・・・

「親のありがたさ」なのかもしれませんが、母は「こういう状況になっても娘のことが心配な自分」に酔っているような面もあり、素直に感謝できない自分にも疲れます。

そこに加えて、最近は「物(お金や書類の入った封筒など。実際はそのようなものは持ち込んでいない)がなくなった」「物(洗面所の石鹸やはぶらし)の場所が勝手に変えられている」「物の場所が変わって困っている私をからかっている」などの被害妄想も出てきて、よくしてくださっている施設の方々にも申し訳ないやら・・・

最近、孫に会いたがる母に長男と次男を別々に連れていきました。(愛犬が悪性腫瘍摘出手術後で目が離せなかったので。これが最近では最大のショックでした)

今の母を彼らに見せることがどうかと迷いましたが、父も母も喜んでくれました。

二人とも帰りの車の中で「お母さん、大変やなあ」としみじみ言ってくれました。

いつも二人のところから帰ると、夕食の支度もそこそこにソファーで寝落ちしてしまう私のことを少しは理解してくれたようです。

でも、こんな私の訪問のしかたこそが、母たちには悪影響を及ぼしていたんじゃないかと今日の「あさイチ」を見て気づきました。

長くなるので続きは次の記事で・・・

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posted by みずき at 10:48| Comment(0) | 脳にイイコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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